Category Archives: Tenrikyo

Just to note

少し、私の心にあることをお話しさせてください。これまで、私の目的について疑問を投げかける方々がいました。また、人に何かを伝える前に、まず自分自身を省みるべきだと言われたこともあります。 しかし、私は人に指図をしているのではありません。私がしているのは、『おふでさき』の内容を伝えているだけです。私の目的はただ一つ、『おふでさき』を翻訳することです。私は決して完全な人間ではありませんし、そのような存在からは程遠い者です。 この最も尊い聖典を翻訳する中で、私は何を見出しているのでしょうか。それは、教会の指導者の方々が私たちに教えている内容と、『おふでさき』に記されている教えとが、異なっているということです。私の英訳は、言葉一つ一つを忠実に訳した、非常に正確なものです。私は、人々に、ひらがなの和歌体で書かれた原文の言葉を、そのまま読んで理解していただきたいと願っています。 ご希望であれば、無料で一冊お送りすることもできますし、Amazon.com からご購入いただくこともできます。書名は『中山みき著 おふでさき(Ofudesaki)』です。 改めて申し上げますが、もし私たちの宗教が世界を救うものであるならば、『おふでさき』に示された教えを正しく理解しなければなりません。どうか使者を責めないでください。私はただ、神様から授けられたこの聖なる聖典を翻訳しているだけなのです。   Let me talk about something on my mind. People have questioned by purpose. Some have told me I need to look at myself before I tell people what to do.  I am … Continue reading

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what happens to evil people

悪いことをした人には何が起こるのでしょうか。多くの人は、悪い行いをしても見つからなければ、何も起こらないと思っています。実際に悪事を働いた人たちが、表面上は良い生活を楽しんでいるように見えることもあります。だからこそ、「それなら自分も好きに生きればいいではないか」と考えてしまうのです。 しかし『おふでさき』の中で、神は輪廻転生と因果(カルマ)の存在を教えています。私たちは、自分が蒔いた種を自分で刈り取るのです。神は、悪い思いに基づいて行動すれば、未来の生で牛や馬として生まれることもあると教えています。このことこそ、多くの人が理解していない点です。人々は、悪を行った場合にどのような未来が待っているのかを理解していません。また、善を行ったときにどのような未来があるのかも知りません。 神は、人間を苦しみや痛みのない「陽気ぐらし」を送るために創造されました。これこそが、神が私たちに世界へ広めてほしいと願っている教えです。ところが、現在の宗教は、儀式や典礼、献金、災害支援、礼拝、巡礼といったことに、より重きを置いてしまっています。これらの多くは節度をもって行えば良い行いですが、最も重要なのは神の真理を広めることです。 それによって、世界に平和と繁栄がもたらされます。魂と清らかなkokoro (mind) の教えを、世界へ広めていきましょう What Happens to Evil People? What happens to evil people? Most think that if they can get away with evil action, nothing will occur to them. They see people who have done evil, but … Continue reading

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Understanding the Soul, most important

魂を理解できなければ、陽気づとめもおさづけも十分な働きを成しません。なぜでしょうか。これから説明します。これら二つのつとめはいずれも、魂の真理を世界に広めるためのものだからです。 まず、魂とは何か、そして魂は何をしているのでしょうか。魂があるからこそ、私たちは永遠に生き続けます。肉体が死ぬと、魂は身体を離れて天に昇り、やがて再び地上に戻って新たな人生を始めます。これが輪廻転生です。 また、私たちが肉体を持って生きている間、魂は私たちの行いを見守り、やがて正しきをもたらします。私たちが蒔いた種を刈り取るのは、魂の働きによるものです。これが因果、すなわち「いんねん」です。 神はまた、kokoro(mind)から否定的な思いが取り除かれ、澄みきったとき、魂からは喜びと健康だけが現れると教えておられます。そのとき、私たちは救われるのです。これらの真理こそ、神が世界に広めることを望まれている教えです。 では、神はどのようにして、これらの真理を世界に広める助けを与えてくださっているのでしょうか。神は、そのために二つの特別な祈りをお与えくださいました。一つが陽気づとめです。陽気づとめでは、人々のkokoro(mind)にある否定的な思いを払い清めてくださいと神に願います。 では、神はどのようにしてそれを行われるのでしょうか。神は、kokoro(mind)にある否定的な思いの量や種類に応じて、病という形で手引きをお与えになります。人はやがて、その否定的な思いに基づいて行動し、それによって悪い運命を作り出します。その運命を魂が受け取り、蓄え、そして適切な機会が訪れたときに、苦しみとして現れるのです。多くの場合、その機会は次の生にまで持ち越されることもあります。 人々が神の手引きを理解すると、病を治してもらうために私たちのもとを訪れるようになります。そこで行われるのが、おさづけです。おさづけは、病を癒してくださいと神に願う特別な祈りです。人々は癒され、さらに魂についての教えを受けることで、kokoro(mind)を澄ませるよう導かれます。 『おふでさき』第一歌において、多くの天理教の人々は、「むね」を神の御心、あるいは神のご意向と解釈し、神が「人間は神の御心を理解していない」とおっしゃっているのだと考えています。確かに、私たちは神のご意向を完全には理解していません。しかし、この「むね」をそのように解釈するのは誤りです。 むねとは、私たち自身の魂です。私たちは、自分自身の魂を理解していないのです。『おふでさき』において、神は「むねの内より思案せよ」と教えておられます。魂から生じるものとは、私たち自身が作り上げてきた運命なのです。 第一歌を正しく理解しなければ、神のご意向を理解することはできません。神のご意向とは、世界中の人々のkokoro(mind)を澄ませることです。そしてそれは、私たちが自分自身の魂を理解したときに、はじめて可能になるのです。はい、多くの人は神のご意向を理解していないだけでなく、魂についても理解していません。 If we cannot understand the soul, the Youki-tsutome and Osazuke will not be effective. Why is this so? Let me explain.  Both Services help to spread the truth of the … Continue reading

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What it means to be saved

救われるとはどういうことなのでしょうか。救いとは何を意味するのでしょうか。「たすけ」という言葉は『おふでさき』にも出てきます。キリスト教の教会においては、救いとは天国に入ることを意味します。しかし『おふでさき』においては、kokoro (mind) が真実(しんじつ)で澄んでいるとき、人は救われます。心が澄んでいれば、健康と喜びだけが自分の魂から現れてきます。 「しんじつ」という言葉は『おふでさき』の中で160回以上も登場します。これは、否定的な思いのない純粋なkokoro (mind)を指します。取り除くべき否定的な思いとは、悔い(おしい)、欲(ほしい)、自己愛(かわいい)、強欲(よく)、傲慢(こうまん)です。 では、これらの思いを心からどのように取り除くのでしょうか。その方法は『おふでさき』に示されていますし、他人を救うための教えもまた『おふでさき』に示されています。しかし、その前提として、まず魂を理解しなければなりません。 What does it mean when one is saved. What is the meaning of salvation. The word tasuke is found in the Ofudesaki.  In the Christian church, salvation represents one entering heaven. In the Ofudesaki, … Continue reading

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Spreading the teachings

As missionaries or people who spread the teachings, won’t it be great if everyone who we spread the teachings listen, understand and come to our places of worship. But we all know that this does not happen now. But in … Continue reading

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I Love you mom and dad

個人的なことについてお話ししたいと思います。私がなぜ『おふでさき』に対する信念にこれほど強くこだわっているのか、そしてなぜ教会の指導者たちが『おふでさき』の教えに従っていないと感じているのかについてお話ししたいのです。まずは私自身のことを少しお話しします。もしかすると、私の中にご自身を重ね、私が歩んできた道の一部を感じていただけるかもしれません。 私は天理教の家庭で育ちました。両親は最初、自宅で布教の集まりを行っており、その後、家族を中心とした形で教会を立ち上げ、教会長となりました。私たちは皆、人間は神様によって「陽気ぐらし」を送るために創られたのだと信じていました。毎日、陽気づとめを勤め、よろづよ八首と十二下りを、できるだけ他の踊り手を見ずに勤めるよう教えられました。また、日々のご守護に感謝するためにおぢばへ帰ること、そして地元の教会や日本の親教会へ毎月お供えをすることも勧められていました。さらに、おさづけには自分自身や他者を癒す力があると教えられてきました。 最初に教会長になったのは父でした。真柱様が私たちの家――いえ、教会を訪問された日のことを今でも覚えています。その日、両親がどれほど誇りに思っていたかを。父は病を患い、ビショップ(教区長)がおさづけを取り次いでくださいましたが、1997年に出直しました。その後、母が教会長となりました。母は教えを心から信じ、その信仰を貫いたまま、2025年、96歳で出直しました。 母はその後28年間、一人で同じ家/教会に住み続け、毎日、陽気づとめを勤め、主に月次祭でよろづよ八首と十二下りを勤めていました。晩年は体調の問題でおぢばへ帰ることができなくなりました。やがて、月次祭に参拝者が一人もいなくなり、母は一人で祭典を勤めている最中に転倒し、股関節を骨折してしまいました。翌日発見され、病院へ運ばれました。手術後もビショップによるおさづけがありましたが、回復することなく、ついには出直しました。 確かに、これは悲しい話です。振り返ると、教会への信仰を最後まで支えきれなかった自分の行動を悔いています。しかし同時に、母の信仰、そして教会の指導者たちの在り方は『おふでさき』の教えに沿っていないと、私は強く感じていました。だからこそ、私たちの教会、そして他の多くの教会が成長するどころか、徐々に信者を減らしているのだと信じています。 私は、母や兄弟姉妹との過去の関係を深く後悔しています。しかしその経験が、『おふでさき』に示された教えを多くの人に伝えたいという強さを私に与えてくれました。いつの日か、私の努力がこの宗教の成長につながり、母や多くの人々が最期に経験したような状況を繰り返さずに済むことを願っています。 私は、両親が『おふでさき』の教えが正しく実践されている環境に出直すことを、心から願っています。その希望が、私にこの活動を続ける勇気を与えてくれます。お父さん、お母さん、あなたたちを傷つけてしまってごめんなさい。でも、いつかきっと分かってもらえる日が来ると信じています。お父さん、お母さん、愛しています。 I would like to talk about a personal matter.I would like to explain why I am so strongly committed to my beliefs regarding the Ofudesaki, and why I feel that church leaders are not … Continue reading

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Rituals in our Religion?

神や教祖は、私たちに自分たちを称賛してほしいと望んでおられるのでしょうか。神を喜ばせるために御供を供え、神がすでにご存じのことを唱えながら神の前で踊る必要があるのでしょうか。これらは、人々によって作り上げられた古代の儀礼のようにも見えます。では、神はいったい何を望んでおられるのでしょうか。 『おふでさき』によれば、神は私たちに自分自身の魂を理解し、**kokoro(mind)**を澄ますことを望んでおられます。神は、私たち自身の魂が自らの行いを見守り、因果の理を現すのだと教えておられます。私たちが蒔いた種を刈り取るのは、自分自身の魂によるものなのです。神は、**kokoro(mind)**が澄んだとき、人は救われると教えておられます。魂から現れるのは、健康と幸福だけです。これこそが、人間が創られた理由であり、「陽気ぐらし」を生きるためなのです。太古のどろ海から完全な身体をつくるための道具が集められ、天より神の清らかな kokoro(mind) が、最初の男女に与えられました。 教えそのものは単純ですが、人々に理解してもらうことは容易ではありません。そのため神は、教えを他者に広めるための二つの特別な祈りをお与えになりました。第一は、陽気づとめです。これは、私たちが教えを伝えた人々の kokoro(mind) にある否定的な思いを払い清めてくださいとお願いする祈りです。 では、神はどのようにしてそれをなさるのでしょうか。神は、その人の kokoro(mind) の中にある否定的な思いの量や性質に応じて、病という形でお導きをお与えになります。これらの思いは、将来その人が行動に移し、後に不幸な運命として現れてくるものです。言い換えれば、神は否定的な思いを取り除かなければどうなるのかという「未来の姿」を、人々に示しておられるのです。もし人々が神のお導きを理解すれば、癒しを求めて教会へと足を運びます。そこで行われるのが、第二の特別な祈りである「おさづけ」です。おさづけによって病は癒され、同時に kokoro(mind) を澄ますための教えも伝えられます。こうして人々は、自らの力で kokoro(mind) を澄ますことができるようになります。kokoro(mind) が澄めば救われ、魂から現れるのは健康と喜びだけとなります。このようにして、教えは世界へと広まっていくのです。 まとめると、私たちの宗教は本来とてもシンプルであるはずですが、神や教祖を拝むための儀礼や形式、行事を重んじすぎた結果、人々にとって理解しにくいものにしてしまいました。これは神の望まれるところではありません。神が望んでおられるのは、私たちが「陽気ぐらし」を生きることなのです。 Do God or Oyasama wish for us to praise them? Do we need to place food offerings before God to please God, and dance in front of God while reciting things God already knows? These … Continue reading

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When Guidance Appears

I have heard people involved with the church say that their suffering is the result of God’s guidance. However, could it not be that this suffering is actually not God’s guidance, but rather something that emerges from one’s own soul … Continue reading

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Youki-tsutome

What is the Youki-tsutome? People of Tenrikyo also call this the Joyous Service. What does it do? Tenrikyo followers and their church leaders explain that it is a prayer asking God to purify one’s own mind. However, how does God … Continue reading

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In the Real World

現実の世界において、神のご守護(ご恩恵)とは何でしょうか。多くの人は、神のご守護とは幸福や健康であると考えるでしょう。しかし『おふでさき』の中では、神は導きとして与えられる病を「ご守護」とお呼びになっています。なぜ病がご守護なのでしょうか。神が病をお与えになる意図を理解すれば、神がお与えになる不都合や苦しみが、なぜご守護と呼ばれるのかが分かるはずです。 では、神が導きとして病をお与えになる意図とは何でしょうか。それは、人々が行いを改めなければ将来味わうことになる苦しみの姿を、前もって示しておられるということです。神はどのようにしてそれをなさるのでしょうか。神は人の心を見分け、そこにある否定的な思いの量や種類に応じて病をお与えになります。これらの否定的な思いは、やがて人が行動に移してしまうものであり、その結果、魂が因縁として集め、蓄え、最終的には苦しみとなって自らに現れてきます。このような病は、人々に否定的な思いを取り除くための時間と機会を与えるという点で、ご守護なのです。 では、人はどのようにして否定的な思いを取り除くのでしょうか。以前に教えとして知らされていた神のご守護の意味を理解した人々は、癒やしを求めて私たちの礼拝の場へと足を運びます。そこで私たちはおさづけを取り次ぎ、人々は癒やされ、さらに心を澄ますための神の真実を教えられます。心が澄めば、人は救われます。魂から現れるのは、健康と幸福だけです。その結果、神から与えられた病を通して、喜びと健康がもたらされます。だからこそ、神の意図どおりに受け取られた病は、神のご守護であると言えるのです     In the real world, what are God’s blessings? Many people will believe God’s blessings are happiness and health. But In the Ofudesaki, God calls illness placed as God’s guidance as blessings. Why are they called … Continue reading

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